毎年テレビや雑誌、SNSでも話題になる「都道府県魅力度ランキング」。2020年の結果は10月14日に公開され、7年連続47位だった茨城県がとうとう最下位を脱したと話題になりました。
筆者も都道府県魅力度ランキングで下から数えた方が早い地域の出身なのですが、それもあってか時おり他の地域の出身者からマウントをとられることがあります。郷土愛がけっして強いとはいえなくても、自分の努力とは関係ないところで意味もなくマウントを取られるのは疲れるもの。
今回は、そんな出身地マウントに負けないマインドの持ち方について深掘りしてみたいと思います。
郷土愛の履き違えは誰も幸せにならない
自分の生まれた土地に愛着と誇りを持つということは、アイデンティティを形成する上で非常に重要なことだと思います。しかし、その郷土愛が行き過ぎたり歪んだりすると、「周りを下げて自分を上げる」という現象が起きるようです。
そもそも出身地に優劣をつけることはできるのか?
出身地というものは本人の意思や努力とは関係なく決まるものです。いわばガチャのようなもので、親がどこに居住してどこで出産育児を行ったかで出身地が決まります。
つまり、ただ「自分は〇〇出身だ、すごいだろ」というのは、スネ夫が「いいだろう、これパパに買ってもらったラジコンなんだぜ」と自慢するのと同じです。
もちろん、都市部は地方に比べて何かと便利でしょう。公共交通が整備されていて、博物館や美術館などの文化施設の数も多く、学校の数も多いうえに、商業施設も充実しています。
私も中学生の頃などは「都内に住んでいれば、平日の学校終わりに上野の美術館の企画展を見に行けるのに…」と残念に思っていたことがありました。またうっかり電車に乗り損ねて、ホームで30分以上次の電車を待っているときに「東京だったら3分ごとに電車がくるのに…」と恨めしく思ったこともあります。
商業的な意味での価値≠出身地としての価値
こうした環境は商業的みればたしかに劣っているでしょう。しかし、出身地として劣っているかというと、それはまた別問題なのではないでしょうか。
私は東京に比べれば人も車も少ない地方で育ったことで、特有のあの耳の奥がジンとなるような静けさや、夜明け直後の緑色の湿った空気の匂いを知ることができました。高村智恵子が言った「東京には本当の空がない」を感覚的に理解できるのも、私が都会の出身ではないからです、
そんなものを知っているからなんだというんだ、と思うかもしれません。一見すれば特に意味のないことのようにも思えます。しかしこうした多様な経験は、物事の解像度をあげる手助けをしてくれます。
つまり、雨が降っているという光景を「雨が降っている」という認知で済ませるのか、「とろけたガラスのような雨粒のなかに閉じ込められた反転した世界が、瞬きよりも早くひび割れたアスファルトの隙間に吸い込まれていく」というところまで認知できるかの違いです。
個人の価値観にもよるところが大きいのでどちらがいいとは言えませんが、認知の幅が広がり、深くなると、物事をより複雑に受容することができるようになります。それはけっして損にはなりません。
環境を生かして得た“結果”が重要
生まれ育った環境そのものが重要というよりは、生まれ育った環境で得られたものをどこまで“自分のもの”として人生に生かせるかということが重要なのではないでしょうか。
スポーツに置き換えてみるとわかりやすいかもしれません。
短距離走では走ったタイムで順位をつけます。練習場所としている陸上競技場のスターティングブロックの製造年数や製造メーカーで順位をつけるわけではありません。きちんとしたスタート姿勢を作りやすい新品のスターティングブロックは練習の質を上げてくれるかもしれませんが、練習をして結果を出さなければ何の意味も持ちませんよね。
結局は自分がその環境でどう努力してどう結果を出すかに意味があるのであって、環境そのものを自慢したところで意味はないのでは?と考えるようになると、出身地マウントをされても「あらあら、うふふ」という優しい気持ちになれます。
出身地マウントに対するカウンターを学ぼう
出身地マウントのかけ方は人それぞれですが、大きく分けると①自分の出身地を上げて他を落とすパターン②とにかく相手の出身地を下げるの2パターンになるかと思います。ここでは、この2種類のマウントに対する対処方法を考えてみたいと思います。
大前提として、マウンティングに対しては真正面から取り合わないというのが一番賢いやり方です。マウンティングに反応をすると相手は喜びますし、自分も相手と同じレベルまで落ちてしまうので、あまり品がいいとはいえません。
とはいえ、やられっぱなしは気分がいいものではありませんよね。ですから、今回ご紹介するカウンターは「たまには相手にしてやるか」という気持ちになったときに参考にしていただければと思います。
とにかく自分の出身地がすごい!には「何代前から住んでるの?」
何につけても自分の出身地がすごい!それ以外の地域は価値がない!というタイプの場合は、とにかく自慢がしたいという人が多いので、「すごいね」「へー、そうなんだ」でやり過ごすことができます。「自分の出身地に比べてお前の出身地は…」と言われたときは「あー」「かもねー」で十分。
大抵そういう人が自慢する出身地というのはお金持ちが数多く住んでいる地域であったり、有名な観光地の近くにあったりして、誰もが一度は耳にしたことがあるという場所であることが多いように思います。
私の経験上、このマウンティングに対して有効だったのは「何代前から住んでるの?」でした。具体例を見てみましょう。
【パターン1】
A:自分は〇〇出身だからさ〜。周りにも結構有名人とか住んでて、よく芸能人見かけたわwあのあたりって高級スーパーしかないからちょっとした買い物とか困るんだよねw
B:へー、そうなんだ。何代前から住んでるの?
A:祖父母の代から
B:え、3代前?じゃあ戦後に住み始めたってこと?元々君の一族ってどこの出身なの?
A:△△
B:へ〜、自分は行ったことないけど、□□が有名なところだよね?本家は今もそっち?
パターン1は本人の出身地話を、その人が帰属する“家”の出身地話にすり替えてしまう方法です。そしてそのあとはずっと“家”の出身地を本人の出身地であるかのように話を運ぶと、自慢話を強制的にキャンセルすることができます。
【パターン2】
A:自分は〇〇出身だからさ〜。周りにも結構有名人とか住んでて、よく芸能人見かけたわwあのあたりって高級スーパーしかないからちょっとした買い物とか困るんだよねw
B:へー、そうなんだ。何代前から住んでるの?
A:知らない
B:何百年も住んでるってこと?
A:そんなに昔ではないと思う
B:明治維新後?
A:知らない
B:へぇ、地元に思い入れがあるようで案外ないんだね。ちょっと意外!
パターン2は何代前から住んでいるかを濁されるパターンです。本当に知らない場合と、意図的に知らないと言っている場合がありますが、いずれにせよ「こんなに地元を自慢しているのに、案外地元に思い入れないんだね!」という方向性で対処できます。
稀にこれが嫌味だと気づかずに自慢を続ける人がいますが、「そんなに地元自慢しているけど、あんまり思い入れないんだもんね?不思議だなぁ」というスタンスで反応しておけば十分です。
実際に代々ずっとその土地に住んでいるという場合は、オーラルヒストリーの時間だと考えを切り替えて「そうなんだ!明治時代以前ってこのあたりはどんな土地だったの?」とか「農地解放前って、どこからどこまで君の家の土地だったの?」とか、実際にその土地に住み続けた人出なければわからないことを聞いて、勉強させてもらいましょう。
学歴に話をすり替えることもできるけど…
出身地自慢の話を学歴ネタでカウンターするもあります。例えば以下のような方法です。
A:自分は東京の〇〇出身なんだよね〜。あのあたりなんでもあってほんとに便利だし、周りの文化水準も高くて、ほんと暮らしやすいよw
B:じゃあ△△大なんかじゃなくて、家から近い東大に通えばよかったのに〜。わざわざ家から遠い大学に通うの大変だったでしょう?
これは「〇〇出身だからといって君が優秀なわけではないよね」という嫌味で返すという方法ですが、「何代前から住んでるの?」に比べるとマウントを取り返していることがあからさまにわかってしまいます。
真正面から宣戦布告したいという時にはいいかもしれませんが、トラブルを起こしたくないのであれば使う場面には気をつけた方がいいカウンターです。
何が何でもこちらの出身地を貶めたい人には「詳しいね〜」
基本的に出身地マウントはというものは相対的な評価に基づいて行われています。つまり、「〇〇県は△△県より優れている/劣っている」という考え方が根底にあるので、出身地の部分を別のものにすり替えてしまえばいいのです。
先ほどご紹介した「何世代前から住んでるの?」というのも、出身地ではなく暗に「家の格」の優劣に話をすり替えることで、出身地の優劣をぼかしたというわけです。(家の格が存在するかどうかはここでは深追いしないことにしましょう)
一方で、とにかく相手を貶めたいという人たちは、相対的な評価ではなく絶対的な評価に基づいて攻撃をしてきます。もっとわかりやすく言えば「○○県はとにかく劣っている」「〇〇県はとにかく悪」という考え方が判断基準になっているので、すり替えが難しいのです。
それでもカウンターを入れたい!というときは「詳しいね〜」で対応できます。
A:お前って〇〇県出身なんでしょ?wなにもないとこじゃんw
B:詳しいね〜
A:テレビとかでもよくやってるじゃんw
B:詳しいね〜、〇〇出身の自分より詳しいんじゃない?
自分の出身地をいじってくる言葉にはすべて「詳しいね〜」という返事をすることで、言外に「貶めたいがあまり、逆に詳しくなってるよ」という嫌味をぶつけることができます。何を言われようと「え〜詳しいね〜」「地元だけど知らないわ〜、詳しい〜」でやり過ごしましょう。
どんなカウンターも効かない出身地ヘイトもある
とにかく出身地を貶めたい人の派生として、「とにかく○○県が憎い」というケースがあります。
例えば、私は戊辰戦争の時に逆賊とされた藩にルーツを持つのですが、長州(今の山口県)出身の年配の方にかなり悪意のある対応をされたことがあります。これは私個人がどう振る舞おうと、かつて敵対していた藩の子孫だからという絶対的な理由で敵視されてしまうので、どうしようもありません。
当人が生きていた時代ではないことを持ち出して攻撃するのもどうかと思いますが、彼らにとってはそれが「郷土愛」なのです。この手のマウントに対しては「そうなんですね〜」だけで返事をしておくのが無難です。
また、とにかく相手を構成する要素全てを貶めたいという人も存在します。このケースは、相手を攻撃するために見つけた弱点と思われるものが出身地だったというだけなので、なにをどう返そうと攻撃してきます。出身地マウントが取れないなら、別の要素を攻撃してくるので、真正面から対応するのは不毛。「うん、そうだね〜」だけで返事をしておけばいいでしょう。
そもそも本当に“すごいところ”出身の人は自慢してこない
さて、ここまで出身地マウントについて考えてきましたが、重ね重ねお伝えしたいのは「出身地マウントはまともに相手にするだけ無駄」ということです。
本当に“すごいところ”の出身者はわざわざ自慢してきたりはしません。自分自身の力でなし得たものがない人や、他に自慢できるようなことがない人にとっては、出身地くらいしか自慢できるものがないのだ、という慈愛の姿勢で接してあげましょう。その姿勢自体が、マウントに対するなによりのマウントになります。
また、健全な郷土自慢に対して過剰に防衛反応をとるのは、知見を広める機会を自ら失ってしまうことにもなってしまいます。その土地で生まれ育った人しかわからないその土地のいいところはどんどん教えてもらった方が得なので、うがった見方をせず、素直に向き合えるといいのではないでしょうか。
文/大河ミズキ
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